October 9 at 8:58 pm
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自分が信仰するタイ仏教の新興宗派サンティアソークをバックボーンとする政党パランタム(法の力)党を創設し、1992年の下院総選挙で35議席を獲得。同年、クーデターで政権をとったスチンダー陸軍司令官の首相就任を批判し抗議集会を続け、軍・警察の無差別発砲で集会参加者数十人が死亡した。このときの混乱はプミポン国王の介入で収束し、スチンダー氏は首相を辞任し引退。ジャムロン氏はその後中央政界に転じ、副首相まで務めたが、多数の死者を出したアジテーターというイメージがつきまとい、首相には手が届かなかった。パランタム党党首の座をタクシン・チナワット氏に譲り、1996年に3度目の都知事選に出馬、大敗し、政界を退いた。 - "31o5"
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