すでに知られているように、電力業界は多額の広告費を用いて我々に「安心」を与えるべく腐心してきた。それがfalse sense of securityであることは後に露見した。その電力業界に再度「国民・住民に安心を与えよ」というのは、また同じことを繰り返せ、というのに等しい。考えてみれば分かることだが、「安心」は「安全」を提供しないし、何の担保にもなっていない。 安心なんて必要ない。むしろ有害なだけである。大事なのは安全だけだ。そしてそれを認識できるのは、健全な不安感だけである。安心は安全を認識する目を曇らせる。現にぼくは曇らされてきた。311以前に。... - http://send.tumblr.com/post...